2018年8月28日 (火)

自分たちのシステムは自分たちで作ろう! 第2回

第2回 黎明期の人たちが作ったシステムの問題点

 3.黎明期の人たちが作ったシステムの問題点

 a.パッケージシステムをすべてのシステムに適用しようとするときの問題点

 さて、黎明期の人たちが考案したシステムは、基本的に大企業を相手にしたものである。

 それを中小企業までに展開しようとすると論理の展開が違っていて、大幅な修正が必要となる。

 プログラムを書くときの限界は小説家の限界と似ている。

 すべてを覚えて、矛盾なきように書かなければならない。

 覚えきれなくなるとバグが大量に発生する。それがシステム屋の3Kに繋がる。

 少し詳しく書いて見たい。

 b.よく見る形の論理構造

 ―DeMarcoの著”構造化分析とシステム仕様”を参考にする。

 システムのインタビューをしてみると、おそらくまず、これを行い、次にこれを行い、次にこうするというような話で始まる。

 たとえば、生産管理で話すと、

 最初に受注が来て、それに従って製造指示分と発注分に分け、それぞれ指示書、注文書を発行する。そして発注分を入荷して、製造し、出荷するという。

 受注 → 製造指示 →  発注 → 入荷 → 製造実施 → 出荷

という調子である。

 ところが、実際はそうではないことが多い。

 受注数に従ってそのまま製造指示数、発注数にならないことが多いのである。

 そうすると余剰のものを管理する必要が出てくる。

 時間軸を持った在庫管理が必要になるのである。

 そのような場合、次のような論理構造になる。

 受注が来て、それに従って出荷指示を作成する。出荷指示は出荷の予定となる。

 出荷予定日が来たら、出荷をする。

 製造は、受注、内示、社内の計画によって計画が作られる。

 製造計画が作られたら、それを実現するため発注すべき数量、納期が決まる。

 今度は発注をして、入荷指示を作成し、入荷の予定を決める。

 こんな調子である。

 受注 → 出荷指示 → 出荷実施

 製造計画 → 製造指示 → 製造実施

 発注計画 → 入荷指示 → 入荷実施

 上記を合わせて受払予定(入出庫予定)を作り、指示数を決める根拠とする。

 つまり、大量生産で仕事が単純化できるようになってくると、シリアルで仕事が流れるように説明できるようになるし、実際にそうなってくる。そうしないと効率が上がらないし、同じような仕事をするライバルに負けるからである。

 ところが、すべて単純化できるかというとそうではない。大企業なら、比較的可能であるのだが、下請などでは、すべての顧客に適用しようとすると無理が出てくる。

 世に出ているパッケージシステムは、基本的に大企業向けである。通常、この大企業向けに作ったシステムの情報を別の形でつなげるようにして、色々なニーズに対応するということが今の主流のシステム開発である。

 しかし、中小企業の仕事をこの考えで実施すると、無理が出てくることが多い。

 c.システムの開発の限界点

 ここで少しシステム開発が進まなく理由が考えてみたい。

 よく小説家が”小説家の仕事は体力勝負だ”と言っていることを耳にする。

 すべての登場人物の行動を記憶しておき、ストーリを展開させるからだと思う。

 システム開発も同様のことが起きると考えている。

 通常、情報と情報のつなぎ方はこうなっているのだが、違う場合が存在する。違う場合をすべて排除することは無理であるが、それでもシステム製作者の悩ませる。あまりに情報と情報のつなぎ方が多くなると、覚えきれなくなる。その時の知的体力の限界が来る。筆者の体験では脳が沸騰してくるようになって脂汗が出てくる。血圧はとてつもなく上昇し、続けると肉体の破綻を感じさせるようになる。

 知的体力の限界がシステム開発の限界だと筆者は感じている。

 お金持ちの企業には無理矢理を続けさせる力がある。それを続けていくと開発者の知的体力の限界を超え、先へ進めなくなる。さらにその開発者がやめてしまうと誰もそのシステムのメインテナンスができなくなる。

 やめる前の現象としては、バグが多く発生する、修正にやたら時間がかかるという症状が出てくる。

 d.黎明期の人たちが作ったシステムの問題点

 パッケージで合わないところが必ずと言っていいほど存在する。

 それを無理矢理修正していくと、破綻が生じる危険が出てくる。

 絶対にシステム開発の破綻が起きるかというとそうではないかもしれないが、少なくとも破綻している現象はよく見ることである。

2018年8月20日 (月)

自分たちのシステムは自分たちで作ろう! 第1回

自分たちのシステムは自分たちで作ろう!

第1回 従来のシステムに関する考察

1.この文章を書く思い

 筆者は縁あって、一流メーカーの供給するシステムを使い、また、さらに一流メーカーのシステムを導入してデータの移行に立ち会った。さらに自作で生産管理システムを作って動かした。

 そのの経験を基に、システムはこうあるべきだという思いが出来上がった。

 筆者自身が自身の経験をまとめる意味で文章を書きたいと思い、また、それが他の人たちにも参考になればという思いで意見を述べてみたい。

 最初に従来のシステムの問題点について述べ、将来あるべきシステムの姿を述べるという順序で話を進める。

2.従来のシステムに関する考察

 2-1 新しい仕事は研究所発信

 日本の高度成長期は、電電公社の通研によるところが大きい。

 “これからの時代はメモリが重要だ”と言って、そこを重点的に研究した決断をした電電公社の人がいた。電電公社では、モノを売ってはいけないという法律に基づいて、一緒に研究した民間企業の研究者の力によって成し遂げられた。その結果、パソコンにおいては一時世界のパソコン市場を日本は席巻した。

 光ファイバでも同じような事情である。

 電電公社の研究者が日本の成長に寄与したところはとても大きい。

 ただ、モノの発明は時代が進むにつれ、その国の一般の人に与える影響が小さくなる。

 アメリカでも日本に製造は取られ、ベル研のモノ作りの地位は低くなっていった。アメリカ自体もヨーロッパから製造を取ったとき、”安くて品質がよい”から世界一になっていったのである。

 日本でもアメリカと同じような時代を進み、東南アジアに製造が取られるようになった。当然、通研のモノ作りの地位は下がる。

 ATTは分社化され、電電公社も分割された。

 ATTではシステムに力を入れるようになった。電電公社からNTTになってNTTの研究所でもシステムに力を入れるようになった。

 

 製造業で大量生産の仕事がなくなってきたとき、小ロット多品種へ移ると言われている。日本でも30年、40年前から言われていた。

 筆者は大量生産の時代と小ロット多品種の時代は、180度違うことを目の当たりにしてきた。

 違いは次のようである。

              大量生産時代              小ロット時代

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製造

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指示内容         『アレをアーしておけ』でもよい      正確に伝えないと間違える

  理由         話を聞かなくても見様見真似でもよい    正確にするため調べる必要がある

部品所要展開       部品の所要量の展開は手作業でよい     コンピュータの力が必要

                                  気合いでできるかもしれないが人件費上昇

    理由       規格品だけを作ればよい          顧客ニーズは様々。倍々ゲームのように増える

在庫管理         棚にある数の管理でよい          使用される数がニーズの変化によって変化する

             目で見て管理できる            計算しなければ、足りるかどうかわからない

使用アプリケーション   紙、あるいは表計算            データベース

             表計算は紙を電子化したもの

    理由       2次元だからわかりやすい         多次元に対応。難しく思える

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営業

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接待           ゴルフ、飲食               仕事中の打合せ

  理由         大切な人を大切にする           顧客が多すぎてゴルフ、飲食は基本的に不可能

                                  実務ができないと無理

基本態度         紳士的                  実務中心

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 このような状況である。もちろん過渡期も存在するわけで、これがそのまま当てはまるわけではない。

 この流れで行くときの大量生産から小ロットへ移るときのキーワードは、”コミュニケーション”と”データベース”である。

 さて、このような見地に立って、モノ作りの人たちが次へ進もうとすると、システムの構築ということになる。

 それでは、それを誰が担うのか?というとやはり研究所ということになる。

 うまく行くかどうか、わからないときは、時代を背負う人たちが役割を果たす。

 黎明期のシステムの構築というのは、人文科学的な発見の連続である。

 アメリカの研究所では、システムの研究が盛んになった。NTTの研究所も後を追った。

 さて黎明期はてさぐりで始まるのだが、ある程度進むとまとめる人が出てくる。

 1970年頃、アメリカでそのまとめを行う人が増えてきた。

 Yordon、DeMarcoなどの人が活躍した。

 

 彼らの言うのは、言葉、用語、概念のまとめを行い、ユーザとの確認を行ってシステムを構築していくのである。

 こうしてシステムを構築するのであるが、創始者たちはその時間、費用が許されるが、後を追う人たちは許されない。

 そこでパッケージ化しておいて、その変更でシステムを構築して行くという方法が考案された。

 システムの基礎はシステムの黎明期の研究所の人たちの力がまだ生きている。

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