トップページ | 自分たちのシステムは自分たちで作ろう! 第2回 »

2018年8月20日 (月)

自分たちのシステムは自分たちで作ろう! 第1回

自分たちのシステムは自分たちで作ろう!

第1回 従来のシステムに関する考察

1.この文章を書く思い

 筆者は縁あって、一流メーカーの供給するシステムを使い、また、さらに一流メーカーのシステムを導入してデータの移行に立ち会った。さらに自作で生産管理システムを作って動かした。

 そのの経験を基に、システムはこうあるべきだという思いが出来上がった。

 筆者自身が自身の経験をまとめる意味で文章を書きたいと思い、また、それが他の人たちにも参考になればという思いで意見を述べてみたい。

 最初に従来のシステムの問題点について述べ、将来あるべきシステムの姿を述べるという順序で話を進める。

2.従来のシステムに関する考察

 2-1 新しい仕事は研究所発信

 日本の高度成長期は、電電公社の通研によるところが大きい。

 “これからの時代はメモリが重要だ”と言って、そこを重点的に研究した決断をした電電公社の人がいた。電電公社では、モノを売ってはいけないという法律に基づいて、一緒に研究した民間企業の研究者の力によって成し遂げられた。その結果、パソコンにおいては一時世界のパソコン市場を日本は席巻した。

 光ファイバでも同じような事情である。

 電電公社の研究者が日本の成長に寄与したところはとても大きい。

 ただ、モノの発明は時代が進むにつれ、その国の一般の人に与える影響が小さくなる。

 アメリカでも日本に製造は取られ、ベル研のモノ作りの地位は低くなっていった。アメリカ自体もヨーロッパから製造を取ったとき、”安くて品質がよい”から世界一になっていったのである。

 日本でもアメリカと同じような時代を進み、東南アジアに製造が取られるようになった。当然、通研のモノ作りの地位は下がる。

 ATTは分社化され、電電公社も分割された。

 ATTではシステムに力を入れるようになった。電電公社からNTTになってNTTの研究所でもシステムに力を入れるようになった。

 

 製造業で大量生産の仕事がなくなってきたとき、小ロット多品種へ移ると言われている。日本でも30年、40年前から言われていた。

 筆者は大量生産の時代と小ロット多品種の時代は、180度違うことを目の当たりにしてきた。

 違いは次のようである。

              大量生産時代              小ロット時代

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

製造

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

指示内容         『アレをアーしておけ』でもよい      正確に伝えないと間違える

  理由         話を聞かなくても見様見真似でもよい    正確にするため調べる必要がある

部品所要展開       部品の所要量の展開は手作業でよい     コンピュータの力が必要

                                  気合いでできるかもしれないが人件費上昇

    理由       規格品だけを作ればよい          顧客ニーズは様々。倍々ゲームのように増える

在庫管理         棚にある数の管理でよい          使用される数がニーズの変化によって変化する

             目で見て管理できる            計算しなければ、足りるかどうかわからない

使用アプリケーション   紙、あるいは表計算            データベース

             表計算は紙を電子化したもの

    理由       2次元だからわかりやすい         多次元に対応。難しく思える

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

営業

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

接待           ゴルフ、飲食               仕事中の打合せ

  理由         大切な人を大切にする           顧客が多すぎてゴルフ、飲食は基本的に不可能

                                  実務ができないと無理

基本態度         紳士的                  実務中心

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 このような状況である。もちろん過渡期も存在するわけで、これがそのまま当てはまるわけではない。

 この流れで行くときの大量生産から小ロットへ移るときのキーワードは、”コミュニケーション”と”データベース”である。

 さて、このような見地に立って、モノ作りの人たちが次へ進もうとすると、システムの構築ということになる。

 それでは、それを誰が担うのか?というとやはり研究所ということになる。

 うまく行くかどうか、わからないときは、時代を背負う人たちが役割を果たす。

 黎明期のシステムの構築というのは、人文科学的な発見の連続である。

 アメリカの研究所では、システムの研究が盛んになった。NTTの研究所も後を追った。

 さて黎明期はてさぐりで始まるのだが、ある程度進むとまとめる人が出てくる。

 1970年頃、アメリカでそのまとめを行う人が増えてきた。

 Yordon、DeMarcoなどの人が活躍した。

 

 彼らの言うのは、言葉、用語、概念のまとめを行い、ユーザとの確認を行ってシステムを構築していくのである。

 こうしてシステムを構築するのであるが、創始者たちはその時間、費用が許されるが、後を追う人たちは許されない。

 そこでパッケージ化しておいて、その変更でシステムを構築して行くという方法が考案された。

 システムの基礎はシステムの黎明期の研究所の人たちの力がまだ生きている。

トップページ | 自分たちのシステムは自分たちで作ろう! 第2回 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トップページ | 自分たちのシステムは自分たちで作ろう! 第2回 »

無料ブログはココログ